クレオール言語とはもともと異なる言語を使用している2つの地域の人々が交易などでコミュニケーションの必要性に迫られて生み出されるコミュニケーションツールとして言語(=ピジン言語)が定着し、その地域において共通語として使われるようになったものです。

こうしたクレオール言語として認識されているものは世界中に30以上も存在しますが、その中には国の公用語として使われているものもいくつか存在します。その一つが中央アメリカ西インド諸島の島国の一つであるハイチ共和国で使われている「ハイチ・クレオール語」です。

 

公用語とは国などの共同体のレベルで公の場で使用する言語として定められたものです。

 

ハイチ共和国は2018年の時点で人口は約1100万人ですが、ほぼ全国民がハイチ・クレオール語とフランス語を公用語として使用しています。先ほどハイチを島国と書きましたが、一つの島を丸ごと領土としているわけではありません。

 

カリブ海上のイスパニョール島という島が東西に分割統治され、東側がドミニカ共和国、西側がハイチ共和国と別れています。歴史的にはもともとスペインが1492年以降イスパニョール島全体を植民地化していたのですが、1659年以降国力をつけてきたフランスが島に入り込んでくると逆に国力を落としていたスペインはこれを追い払うことができませんでした。

 

そのためスペインとフランスは「島の西側三分の一をフランス領として分割統治する」という条件で和解しました。この境界がそのまま現在のハイチとドミニカの国境線となっているわけです。

 

その後フランス革命の影響で民族独立運動が起き、1804年に共和国として独立するまでハイチはフランスの植民地でした。そのため現在でも公用語の一翼としてフランス語が使用されているのです。

 

しかし今、ハイチ・クレオールは予想を超えた広がりを見せています。お互いに植民地であった時代にはハイチとドミニカは折り合いの良くない時期も長かったようですが、独立して200年以上たった現在ではお互いに国交と交流を持ち、人の行き来も拡大しています。

 

ハイチからドミニカに出稼ぎに行く人々がその先でドミニカの人々にハイチ語を教え、独自の交流を行っているのです。ハイチ語が広まればさらにハイチの人々はさらにドミニカに行きお互いの文化を交感し発展してゆくでしょう。

 

ハイチクレオールでは「おはよう」の挨拶を「Bonjou(ボンジョウ)」と発音します。フランス語の「ボンジュール」の影響が色濃い言葉ではありますが、植民地時代とは違う意味を持ってイスパニョール島に広がっていくことは、決して後ろ向きなことではないと私には思えます。